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東京地方裁判所 平成4年(ワ)19537号 判決

原告 インターリース株式会社

右代表者代表取締役 安田昭治

右訴訟代理人弁護士 山下俊六

柘賢二

柘万利子

被告 株式会社太平洋銀行

右代表者代表取締役 井上貞男

右訴訟代理人弁護士 渡邊洋一郎

瀬戸英雄

篠連

渡辺潤

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金八〇〇〇万円及びこれに対する平成四年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、①原告が訴外株式会社ノーブル(以下「ノーブル」という。)に一億二〇〇〇万円の金員を貸し付ける(以下「本件融資」という。)に際し、訴外辻日出夫(以下「辻」という。)がその所有名義人であった別紙物件目録≪省略≫記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)に被告のために設定した根抵当権(債務者ノーブル、極度額一億六〇〇〇万円)(以下「本件根抵当権」という。)を原告が被告から譲り受けた。②実際には辻は本件不動産の所有者ではなく、本件根抵当権は無効であることが後に判明したが、ノーブルの経営状態が悪いことから、原告は、実際の所有者であり登記簿上辻の前所有者である訴外株式会社善勝(以下「善勝」という。)との間で、善勝からノーブルに代わって四〇〇〇万円の弁済を受けて本件根抵当権設定登記の抹消登記手続きをする裁判上の和解をせざるを得なくなった。③その結果、原告は、事実上残額八〇〇〇万円の弁済を受けられなくなり、同額の損害を被った。として、不法行為又は瑕疵担保責任に基づき、被告に対し損害賠償を請求している事案である。

一  争いのない事実等

1  原告、被告の業務

原告は、いわゆるノンバンクとして金融をその主たる業務としている会社であり、被告は、昭和六三年当時株式会社第一相互銀行との商号で預金の受入れ、資金の貸付などの相互銀行業務及びこれに付随する業務などを営む会社であったが、平成元年一〇月一日、商号を株式会社太平洋銀行と改め、今日に至っている(争いがない)。

2  ノーブルとの関係

ノーブルは不動産業と金融業を営む会社であった(≪証拠省略≫)。

ノーブルと被告との銀行取引は昭和六〇年頃に開始され、その後被告はノーブルの主取引銀行(メインバンク)となった。ノーブルは、昭和六三年当時被告大島支店の取引先であったが、同支店の融資枠には限度があり被告だけではノーブルの資金需要に応じることができなかった。他方ノンバンクである原告は被告に対して、融資案件があれば紹介してもらいたい旨当時積極的に営業活動を行っていた。そこで、被告は原告に対しノーブルを紹介し、原告とノーブルの取引が開始された(争いがない)。

ノーブルに対する原告の融資は、昭和六二年二月二五日を最初とし、昭和六三年七月一五日の本件融資を最後として計八回に及んだが、本件融資を除く七回は原告及び被告がそれぞれノーブルに融資をするいわゆる協調融資の形態をとった(≪証拠省略≫)。

3  昭和六三年六月ころ、ノーブルから被告に対して一億二〇〇〇万円の融資の依頼があったが、当時、被告のノーブルに対する融資枠に余裕がなかったため、被告大島支店の土屋支店次長が原告の河西次長に対し、本件不動産を担保とするノーブルへの融資の要請をした。その際土屋次長は河西次長に対し、融資実行予定日は同年七月一一日、返済期限は一年後一括返済、融資金の使途は辻に対する転貸資金である旨を説明し、本件不動産の公図の写し及び登記簿謄本をファックスで送付した(争いがない)。

右要請を受けて原告は本件不動産の現況調査、行政的条件の調査等を行い、本件不動産に十分な担保価値があるものと判断し、同月八日、本件物件に抵当権を設定すること、その際本件不動産の所有者の意思を確認することを条件としてノーブルに融資をする旨社内決裁をした。原告から融資できる予定であるとの回答があったので、被告も物件調査を行い、原告がノーブルに融資するまでのつなぎ融資をする予定でいた(争いがない)。

4  ところで、本件不動産は、もと善勝が所有していたが、善勝から訴外プロジェクト優(以下「プロジェクト優」という。)への昭和六三年六月二〇日付の売買契約書及びプロジェクト優から辻への同日付の売買契約書がそれぞれ作成され、さらに、昭和六三年六月二〇日、被告大島支店において、辻に対する本件不動産の所有権移転登記に必要な書類が司法書士の訴外藤原慶一に交付され、同月二一日、善勝から辻に直接所有名義を移転する登記がなされた(≪証拠省略≫)。

そして、同日、辻はノーブルの被告に対する債務を担保するため、被告に対し、本件不動産に本件根抵当権を設定し、同月二一日、その旨の登記がされた(争いがない)。

原告は、昭和六三年七月一五日、被告から本件根抵当権を譲り受け、その旨の登記もされ、同日、ノーブルに対し、返済期限平成元年七月二六日との約定で一億二〇〇〇万円の金員を貸し付けた(争いがない)。

5  昭和六三年九月二八日、善勝は、売買契約の不成立を理由として辻に対し本件不動産の所有権移転登記の、原告に対し本件根抵当権のそれぞれ抹消登記を求めて提訴し(争いがない。以下右の訴訟を「別件訴訟」という。)、平成四年六月二日、原告と善勝は、善勝が本件融資金の一部としてノーブルに代わって原告に四〇〇〇万円弁済し、原告は本件根抵当権設定登記の抹消登記手続きがされることを了承するという内容の和解をした(≪証拠省略≫)。

二  争点

1  不法行為の成否

本件融資に関して、原告に八〇〇〇万円の損害が生じたと認められるか。

原告の右損害は、被告又は被告の従業員で本件融資の担当者であった土屋被告大島支店次長(以下「土屋」という。)の左記一又は二の過失によって生じたものか。

一  被告が昭和六三年六月二〇日に本件不動産に辻から根抵当権の設定を受けた際に、辻が真実の所有者であるか否かについての確認を怠ったことが、原告に対して過失があったといえるか。

二  被告が原告に本件根抵当権を譲渡するにあたって、土屋が原告の本件融資の担当者であった河西次長(以下「河西」という。)に対して、辻の設定した本件根抵当権の有効性について保証する趣旨の発言をしたか。土屋がこの発言をするについて原告に対して過失があったといえるか。

2 本件根抵当権譲渡契約に民法五五九条、五七〇条(瑕疵担保責任)の適用があるか。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告)

一  ノーブルに対する融資の関係で、被告はノーブルのメインバンクとして単に融資案件を原告に紹介するにとどまらず、融資内容についても深く関与し、場合によっては原告のノーブルに対する融資実行までも代行するなどの主導的立場にあった。一方、正規の金融機関である被告から融資案件の紹介を受けたノンバンク業者である原告としては、メインバンクの被告の立場を考慮し、ノーブルの個々の取引内容等に直接深く関与することは差し控えるべき立場にあったのであり、抵当権の設定等担保権の取得についても、専ら被告を信用し、被告の指示に従い、あるいは被告に担保権設定手続そのものを委ねていた。

二  被告は本件不動産に根抵当権の設定を受けた時点において、近い将来、原告からノーブルに本件融資がなされること、その際に本件根抵当権を原告に譲渡することを予定していた。したがって、被告は原告に対し、本件根抵当権の設定に際し、少なくとも金融機関が通常要求される注意義務を尽くすべき義務を負っていたというべきである。しかるに被告は、本件不動産の所有者である善勝に対し、所有権移転の意思を全く確認していないのみならず、本件根抵当権設定登記手続を、被告とかつて一度も取引実績がなく、かつ、本件根抵当権設定者が連れてきた藤原司法書士に一任したというのであり、金融機関としてなすべき注意義務を著しく怠ったというべきである。

三  土屋(被告の大島支店次長)は右一に記載したとおり本件根抵当権の設定が有効になされたか否かについて金融機関としてなすべき調査を何ら行っていなかったにもかかわらず、昭和六三年七月一〇日頃、河西(原告次長)から「本件不動産の所有者である訴外善勝の担保提供意思が確認できる書面を徴求してほしい」旨の申し入れに対し、「善勝は既に本件不動産をプロジェクト優に売却しており、本件不動産の所有権はプロジェクト優に移転している。右の取引については全当事者が被告大島支店に集まって終了しており心配はない」旨事実に反する回答をなした。このことは土屋が原告に対して本件根抵当権の有効性を保証したものと解すべきであり、右回答の結果、原告をその旨誤信させたことについて過失があったというべきである。

四  なお、別件訴訟における審理の状況からは原告が敗訴する可能性は極めて高く、四〇〇〇万円で本件根抵当権を抹消する旨原告が善勝と和解したことは避けがたかったものである。そして、ノーブルの現在の経営状況は極めて悪く、根抵当権を抹消させられた原告がノーブルから貸金残額八〇〇〇万円の弁済を受けられる可能性はなく、原告は右同額の損害を被った。

(被告)

一  原告の一の主張は否認する。原告と被告とは、ノーブルへの融資に関し、それぞれの利害が一致することから、調査手続等につき互いに協力しあっていたことはあるが、被告が原告の代わりにすべての融資手続を行うというものではなかった。原告は独自に担保物件の調査、事情聴取などを行っていた。

二  被告は本件不動産について他の融資についての追加担保の趣旨で本件根抵当権の設定を受けたものであり、原告に譲渡するために根抵当権を取得したものではない。したがって、本件根抵当権設定登記時に、被告は原告に対し何らの注意義務を負うものではなく、過失を論ずる余地はない。

三  土屋は、売買の際、立ち会っていた藤原司法書士に、売主、買主がそろっているか、また、所有権移転の件、担保設定の件につき確認した上で、本件不動産の所有権移転は有効になされたものと信じ、その認識を河西に話しただけであって過失はない。まして本件根抵当権の有効性について土屋が原告に保証したものではない。

四  損害の発生及び損害との因果関係は否認する。

2 争点2について

(原告)

辻は被告に対し、ノーブルの債務を担保するため、昭和六三年六月二〇日、本件根抵当権を設定し、同日、被告はノーブルに対し、一億二〇〇〇万円の融資をした。

被告は原告に同年七月一五日、本件根抵当権を譲渡し、同日原告はノーブルに対し、一億二〇〇〇万円の融資をし、その融資金は被告大島支店のノーブル名義の預金口座に振り込まれ、その一億二〇〇〇万円でノーブルは被告に同年六月二〇日になされた融資を返済した。

右事実に照らすと、被告が原告に根抵当権を譲渡する代わりに、被告は原告がノーブルに融資した金員で被告のノーブルに対する融資金を回収するという関係にあるから、被告の根抵当権譲渡と原告のノーブルに対する融資は互いに対価的意義を有するものであり、本件根抵当権譲渡契約は有償契約である。

仮に、原告のノーブルに対する融資金がノーブルの被告の債務の弁済にあてられた事実が認められないとしても、被告はノーブルのメインバンクとしてノーブルの資金需要に可能な限り応ずる必要があったところ、被告のノーブルに対する融資枠に余裕がなかったために原告に対しノーブルに対する融資を依頼したものであり、本来被告がノーブルに融資すべきものを原告が被告の要請により被告に代わって融資したものであるから、原告のノーブルに対する融資と被告の原告に対する本件根抵当権の譲渡との間には対価関係がある。したがって、本件根抵当権譲渡契約は有償契約である。

そして、本件根抵当権は所有者でないものが設定したもので無効であり瑕疵があったが、右瑕疵は隠れたものであった。

したがって、本件根抵当権譲渡契約には瑕疵担保責任の規定の適用があり、被告は原告の損害を賠償する義務がある。

(被告)

被告がノーブルに対し、一億二〇〇〇万円の融資をしたこと、ノーブルが原告の融資金で被告のノーブルに対する融資金を返済したこと、本件根抵当権譲渡契約が有償契約であることはいずれも否認する。

第三争点に対する判断

一  争点1について

一  根抵当権設定時の過失

被告が本件不動産に本件根抵当権の設定を受ける際に、原告に対する関係で右根抵当権が有効に設定されるよう注意義務を尽くすべきであるとする法的根拠はない。このことは、仮に右設定の際、被告が原告に根抵当権の譲渡を予定していたとしても同様である。よって、原告の根抵当権設定時の過失についての主張は主張自体失当として排斥を免れない。

二  土屋の河西に対する発言についての過失

金融機関が金融機関に根抵当権を譲渡するにあたっては、譲渡人は当然その根抵当権が有効なものとして譲渡するのであるから譲渡人として有効だと思う旨の認識を譲受人に述べることはありうるところであり、その内容が後に客観的事実と異なることが判明したとしてもそれだけで違法となるものではない。登記に公信力のないわが国の法制度の下では、譲渡人の述べたことが正しいかどうか、その根抵当権が有効であるかどうかについては、それが無効であった場合にその危険を負担する譲受人が自己の責任において所有者に確認するなどして確かめるべきものであって、譲渡人があえて担保物件について虚偽の事実を告げた場合あるいは譲渡人が根抵当権の有効性につき譲渡人の責任でこれを保証した場合等の特段の事情のない限り、後にその根抵当権が無効であることが判明したとしても、譲渡人が譲受人に対して不法行為責任を負うことはないと解すべきである。

そこで、本件の場合を検討する。

土屋は、昭和六三年六月二〇日、被告大島支店における本件不動産の売買の際、立ち会っていた藤原司法書士に、売主、買主がそろっているか、また、所有権移転の件、担保設定の件等につき確認したところ、同司法書士の確認が得られたので、本件不動産の所有権移転は有効になされたものと信じたことが認められる(≪証拠省略≫)。そして、河西は、原告が本件不動産の担保評価等について原告独自の調査をした結果(≪証拠省略≫)、所有者の担保提供意思の確認をすることを条件としてノーブルへの融資を社内決裁したこと(争いがない。)を受けて、土屋に当時原告が本件不動産の所有者と認識していた善勝の担保提供意思の確認の書類を要求し(≪証拠省略≫)、売買の状況を尋ねた。これに対し、土屋は前述の認識に基づき、善勝からプロジェクト優、プロジェクト優から辻へ売買がなされ、売主を含めた全当事者が集まって司法書士立ち会いのうえ取引が行われたが、登記は善勝から辻に直接移転された旨を話した(≪証拠省略≫)。

そこで、原告は、辻の前所有者はプロジェクト優である旨判断し、被告を通してプロジェクト優に担保提供意思の確認をした(≪証拠省略≫)。

右に認定した事実によると、土屋は、本件不動産の売買について自らの認識を河西に話しただけであって、原告は土屋の回答をもとに実質上の前所有者であるとされたプロジェクト優の担保提供意思の確認をし、その結果に基づいて融資を決定したものと認められる。

また、本件不動産について辻の所有権取得及び本件根抵当権設定の有効性については、第二の5で述べたような別件訴訟での裁判上の和解が平成四年六月二日に成立し、その内容は結局のところ右所有権取得及び根抵当権設定が無効であることを前提としたものと評価することができる(≪証拠省略≫)が、別件訴訟自体、昭和六三年九月二八日の提訴以来、平成四年二月二七日の弁論終結に至るまで約三年半にわたり二二回の弁論に及んで右の点の有効性が争われた事案であり(≪証拠省略≫)、右の経緯及び本件弁論の全趣旨によるとき、昭和六三年七月の時点において本件不動産に辻が設定した根抵当権が無効であったことが明白であったとはいえなかった事実を認めることができる。

以上の事実によるとき、土屋が河西に対して本件根抵当権の有効性について被告の責任でこれを保証したことも、根抵当権が無効であることを承知しながらあえて有効であると虚偽の事実を告げたことも、本件ではいずれも認められないということができる。よって、土屋が河西に述べたことをもって土屋に過失があるということはできない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の土屋の河西に対する発言についての過失の主張は理由がない。

二  争点2について

辻が被告に対し、ノーブルの債務を担保するため、昭和六三年六月二〇日、本件根抵当権を設定したことが認められることは第二の一の4で述べたとおりである。しかし、同日、被告がノーブルに対し、一億二〇〇〇万円の融資をした事実及びノーブルが原告からの融資金で被告に一億二〇〇〇万円を返済した事実については、土屋の右融資及びその返済があった旨の別件訴訟での証言がある(≪証拠省略≫)が、同人自身、右証言は記憶違いである旨陳述していること(≪証拠省略≫)及び≪証拠省略≫(これらは被告の取引明細表兼元帳であり、その信用性は高いと認められる。)に照らし、右証言は信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

また、被告はノーブルのメインバンクとしてノーブルの資金需要に可能な限り応ずる必要があったところ、被告のノーブルに対する融資枠に余裕がなかったために原告に対しノーブルに対する融資を要請したことが認められることは第二の一の2、3のとおりであるが、この事実から、原告のノーブルに対する融資と被告の原告に対する本件根抵当権の譲渡との間に対価関係があると認めることは到底できない。

したがって、本件根抵当権譲渡契約が有償契約であるとは認められず、本件根抵当権譲渡契約が有償契約であることを前提とする原告の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判長裁判官 菅原雄二 裁判官 朝倉佳秀)

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